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KREVAの伝説は高校時代から?日本のラップスターのすごさを解説!

日本のラップスターであるKREVAですが、数々の伝説を残していることは有名ですよね。

ヘッズの間では「売れ線ポップス」としてディスられる時期もありましたが、今は一周まわってKREVAのすごさに世間が追い付いた感があります。実は高校時代から数々の伝説をのこしているKREVAですが、何をするにもまあかっこいいんですよね…!

KREVA本人も「ワーカーホリック」だと語るように、今でも精力的に活動をしている姿に勇気をもらうのは私だけではないと思います。世に出る作品はどれも素晴らしいですよね!

この記事ではヘッズ歴10年以上の私が、改めてKREVAの伝説を語らせていただきます!

KREVAの伝説その①超高学歴からラッパーへ

ちなみにKREVAは超高学歴です。日本初のAO入試を導入し、多彩な人材を輩出する慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)の出身なんですよね。

もともとKREVAは高校時代からHIPHOPにのめり込んでいたこともあり、卒業文集では「DJかラッパーとして君臨する」と書いています。見事に実現しているあたりも生ける伝説感がありますよね(笑)

で、こんなエピソードをヒップホップ関係者から聞いたことがあります。

KREVAは高校時代、そんなに勉強をしていたわけではありません。そこで、当時のクラスメートに「あいつはヒップホップばかりやっていてどうしようもないバカだ」的な言葉を吐かれます。

当然、日本のラップスターになる男は黙っているわけもなく、その場で入試関連の雑誌をひらき、当時の偏差値ランキング1位の慶應SFCを指さし、『じゃあ今からここに入学してやるよ』と啖呵をきったそうなんです。そして見事に入学し、有言実行したみたいなんですね。

普通なら「まあせいぜい受かりそうなところ」を目指して安全策をとってしまいそうですが、KREVAのような伝説を残す人間は学生時代から違いますね。

このエピソードを聞いたときに、「KREVAは高校時代から伝説を残していたんだな」と感じました。入試を目前に控えた状態から、もっとも偏差値の高い大学に入るなんてとても常人ではありませんよね…!

ちなみにこれだけイイ大学にはいれば、周りは当然のように大企業に就職していきます。将来を約束されたエリートコースといわれる人間ですかね。

ただ、KRAVAはここでも「ヒップホップをやった方が絶対に儲かる」と確信しており、ラッパーとしての活動に舵をきっていくのであります…!常人ではおよそしないであろう判断の連続が、KREVAが伝説をよばれるゆえんでしょう。

KREVAの伝説その②日本初フリースタイルバトル3連覇

今でこそフリースタイルラップバトルが有名になってきました。テレビ放映もされていたり、日本におけるヒップホップの地位は確実に上がってきていますよね。

で、ヒップホップを世に広めた一人にKREVAがいるのは間違いありませんが、日本初の公式フリースタイルラップ大会(B-BOYパーク)を三連覇しているのです。

これがKREVAが伝説ともよばれる最大の理由であり、最前線で活躍する若手ラッパーだとしてもKREVAを知らない人間はいないんですよね。

私がはじめてフリースタイルラップをこの目でみたのは、確か2005年くらいだったと思います。MC漢が発起人となってLIBRAレコードと開催した、「アルティメットMCバトル(以下、UMB)」がそれです。

当時はとても衝撃をうけたのですが、即興でラップして韻を踏みながら相手を罵倒するってすごい状態ですよね。まずそんなに言葉が出てこないし、韻を踏みながらもストーリーがつながっているって、どんな頭の回転してるのよ?と感じた人は多いでしょう。しかもリズムにのりながらですから、中国雑技団もビックリの超人技です。

この原型をつくったのがKREVAであり、多くのラッパーに影響を与えたのは間違いありません。一時期には「KREVAスタイル」とよばれ、KREVAを模倣するラッパーも多くいました。オリジナルであることが評価されるヒップホップのハズなのに、かっこよすぎて真似したくなるほどのカリスマ性だったのです。

当時のラップバトルは今よりもはるかに危険だったので(笑)、そんななかでも堂々と三連覇を果たしたKREVAは今でも色あせない伝説なんですよね…!

KREVAの伝説その③あっという間に紅白出場

ちなみにKREVAがKICKtheCANCREW(キックザカンクルー)の一員であることはご存知ですよね。

B-BOYパークで三連覇を果たしたあとはキックザカンクルーとしての活動に時間を注ぎ、あっという間の早さで紅白歌合戦にも出場しています。中学生だったわたしも、地元ではキックザカンクルーがめちゃめちゃ流行っていましたからね…!当然、武道館にて公演も果たしています。

実はヒップホップ畑の人間からすると、紅白に出ることも武道館でライブを行うことも、快挙中の快挙なんですよね。

例えばアイドルのように多くの人のめにとまるわけでもなければ、J-POPのアーティストのようにメジャーの音楽会社と組んで大々的な宣伝をされるわけではないので、基本的にほぼ地力で客席を埋める必要があるからです。広告宣伝がされないなか、歌謡曲とヒップホップの日本における当時の知名度を考えても、とんでもない偉業であることが分かります。

それがKREVAの場合、あっという間にその階段をのぼっていったのです。

当時は今と違ってSNSもなければ、Youtubeのような宣伝装置もないわけです。純粋なヒップホップシーンからの支持と、世間をまきこむ彼の音楽性が、圧倒的な存在だったことを分かっていただけたでしょうか?

また、山下達郎さんのクリスマスイヴをリミックスした「クリスマスイヴRAP」が大流行しましたが、この曲のKREVAのバースもマジでかっこいいので、よければ聞いてみてくださいね!

KREVAは日本のヒップホップの生ける伝説

KREVAは日本のヒップホップの生ける伝説です。

それは今後も変わらないし、彼が活動を続けている限りはリスペクトは高まっていくでしょう。ちなみに私もカラオケにいけばKREVAの「音色」は持ちウタです(笑)

高校の卒業文集に書かれたKREVAの夢は「ヒップホップの世界に君臨する」とのことでしたが、もはやヒップホップの垣根を超えて、音楽シーンに君臨していることは誰が見ても明らかですよね…!

ということで、今後も「伝説KREVA」からは目が離せなそうです!